2023年8月1日。
8月1日は、私の大好きだったアニメ「デジモンアドベンチャー」に登場する「選ばれし子どもたち」がデジモンワールドに旅立った日です。
そんな感じで本日は、ちょぴっと思い入れのある日にちでもあり、私にとってひとつの区切りとなる日にちでもあるので、ひとつの決意を文章にしたいと思います。
突然10億円が手に入ったら、あなたは何をしますか?
その前に、ちょっとだけ皆さんに問いかけたいことがあります。
突然ですが、皆さんは宝くじで大金(例えば10億円とか)が手に入ったらどうしますか?
まずは仕事を辞めてニートになってゲーム三昧しますか?
今よりもいい場所に住んだり、いっそのこと東京のタワーマンションに引っ越したりしますか?
あるいは、六本木にパーっと呑みに出かけますか?
豪華客船で世界一周の旅に出かけますか?
典型的な貧乏人が考えるお金持ち像になってしまい、申し訳ございません笑
もし大金が手に入ったら?と思うとやってみたいことが無限に湧き出し、ワクワクが止まりませんね!
でも、私は仮にそのような大金が手に入ったとしても、幸せになれるかはまた別の問題なような気がします。
もちろん、そんな大金をつかんだこともありませんし、今から書くことはあくまでも私の想像です。
でもなんか、直感的にそんな気がするのです。
ただの私の負け惜しみかも知れません。
でも、一見するとそのような生活は幸せそうに感じますが、私は長い目でみると幸せではないんじゃないかな、と思うようになりました。
理由は複数あります。
大金を手に入れても幸せになれないと思う理由
- 簡単に手に入れた大金は簡単になくなりやすい。
- 人間の欲望は底知らず。
- 孤独感を感じる
- お金を持っていることが返ってストレスとなる。
- お金が手に入っても、自分の能力は手に入らない。
以上が私の考える、大金を手に入れても幸せになるとは限らない理由です。
簡単に手に入れたお金は簡単に無くなる
簡単に手に入れた大金は、簡単になくなりやすいと思います。。
苦労をして稼いだお金ではないので、財布の紐が緩くなりがちになるからです。
どんなに堅実な人でも、いきなり億という大金が手に入れば多少は浮かれるものだと思います。
自分が嫌なことを経験したり、歯を食いしばって努力した結果として得られた報酬と、棚からぼたもちで偶然得た報酬ではどちらの方が散財しやすいか、これは想像にたやすいと思います。
「美人は3日で飽きる」ならぬ「お金持ちは3日で飽きる」
それと、我々がお金持ちに憧れるのは、今お金がないからであって、「お金持ち」という状態になれてしまえばそれが普通になると思います。
最初は贅沢な食事やサービスは真新しく感じるかも知れませんが、日常的にそれを体験していくうち、慣れてしまって感動がなくなっていくようような気がします。
満腹の時に食べるステーキとお腹を空かせた時に食べるカップ麺、どちらが美味しく感じるかということです。
人間の欲望は底知らず。
そうなると、人間の欲望は底知らずです。
お金持ちという状態に慣れてしまったら、その状態に飽きて、さらに上の大金持ちを目指すことになるでしょう。
一体、ゴールはどこにあるのでしょうか。
お金という価値観を幸せの基準としたら、死ぬまで終わらないラッドレースを走ることとなるでしょう。
意外とお金持ちは孤独ではないのかな?
あとは意外と孤独感を感じるのではないかと思います。
自分はお金を持って暇になったとしても、友達はそうではありません。
持って有り余るお金は、一体いつ何に、誰のために使うことになるのでしょうか。
そのお金を奪うことを目的に近づいてくる人も増えることと思います。
しつこい営業をかけられることも増えると思います。
彼らは狡猾に、まるであなたに好意を抱いているかのように近づいてきます。
浮かれに浮かれまくっている「大金を持った私」は、その人たちを振り払うことができるのでしょうか。
返って、お金を持っていることがストレスにさえなる状況も考えられるかと思います。
以下、実際に一度11億という大金を手に入れながらも精神を壊してしまった方の実体験の動画です。
お金では買えないもの
さらに重要なもうひとつの理由は、お金は手に入っても、自分の能力は手に入らないということです。
私の趣味は絵を描くことですが、お金を手に入れたからといって絵が急激に上手くなるものではありません。
仕事を辞めて絵に没頭したり、専任の講師をつけたりすれば結果的に上達はするかも知れません。
でも、それは自分自身が努力した先に手にはいるものです。
お金を払えばポケモンの秘伝マシンのように簡単に手にはいる能力ではありません。
さらに、「良い人格」もお金では手に入れられないものだと思っています。
自分がお金を持っているアピールをして、他の人を見下す人。
そんな人は嫌ですよね。
でも、もし自分がお金持ちの立場になっても、その気持ちを持ち続けられるでしょうか。
自分がされて嫌なことはやはり、相手にもしたくないです。
たとえ成功してもこの考えや価値観は変えてはならないと思っています。
区切りの日に改めて自分への戒めを
なぜ突然こんなことを書いたかといえば、自分への戒めのためです。
年を重ねれば重ねるほど、地道な努力ができなくなっていくなと痛感します。
そして、そんな状況になればなるほど、一発逆転の方法はないかと模索します。
ですが、一発逆転の方法などないのです。
あるとすれば、破産覚悟で一か八か、できるだけの借金をして、そのお金をギャンブルに賭けるほかありません。
でも、そんなことをして成功する確率ははるかに低いことは説明するまでもありません。
失敗を重ねてもコツコツと努力していくことでしか、開かれない道があります。
魔法の呪文 そんなものいらないさ
年を取れば、段々と余裕がなくなってきます。
「老い」と「死」から真正面から向き合わなくてはならなくなってくるからです。
気力・体力・やる気・好奇心、あらゆるものが「衰えていく」ので、焦る気持ちが勝って、
なるべく効率が良くて、なるべく楽で、なるべくお金がかからない方法で、一発逆転を目指したくなる気持ちは痛いほどわかります。
でも、そういったところに罠は潜んでいます。
詐欺師は巧妙にそういった人を狙っています。
昔からの古い噂に「タダほど怖いものはない」「綺麗なバラには棘がある」というものがあります。
彼らは、甘い幻想を私たちに抱かせて、私たちを不幸のどん底に落としていきます。
苦しいからといって、甘い言葉に惑わされないでください。
特別な才能を持つイチローや大谷翔平ですら、毎日血の滲むような努力をしています。
凡人の私たちが楽をして成功できるわけがありません。
たとえ楽をして成功したとしても、それはそれであまり達成感を得られないのではないでしょうか。
血のにじむ努力をした先に、「お金では買えない」達成感を得ることができるはずです。
以前、そのことについて詳しく書いた記事がありますので掲載しておきます。
「魔法の呪文 そんなものいらないさ」
私の残りの人生で大事なことは、私の大好きなポケモンのエンディング曲が教えてくれていました。