「天国」と「地獄」という言葉には、いくつかの意味があります。
宗教的な意味では、天国は善い行いをした人が死後に行く幸せな世界であり、地獄は悪い行いをした人が苦しみを受ける場所とされています。
つまり、生前の善悪の結果として行き先が分かれる世界です。
一方で、日常会話ではこの言葉は比喩として使われます。
とても幸せな状態を「天国」と言い、
とてもつらい状態を「地獄」と言う。
私は、死後の世界としての天国や地獄は信じていません。
しかし、もし天国と地獄が存在するとしたら、それは死後ではなく、今この世界の中にあるのではないかと思うのです。
しかも、天国と地獄は別々の場所に存在するのではありません。
同じ世界の中に同時に存在している。
それが、私たちの生きている社会なのではないでしょうか。

この世界の「天国」に住む人たち
まず、天国にいる人たちを考えてみます。
例えば、イーロン・マスクのような世界的な実業家。
あるいはロシアのプーチン大統領や北朝鮮の金正恩のような国家の支配者。
彼らは巨大な資金力や権力を持ち、世界の仕組みそのものに影響を与える立場にあります。
宇宙開発や国家運営といった巨大なスケールの決定を行うことができる。
そのような人々にとって、この世界はどのように見えているのでしょうか。
もちろん本人に聞いたわけではありません。
しかし少なくとも、一般の人間とはまったく異なる景色が見えているはずです。
圧倒的な資源と自由を持つ人間にとって、この世界は極めて可能性に満ちた場所に見えるでしょう。
それは、ある意味で「天国」に近い状態なのかもしれません。

しかし、このような極端な例を出さなくても、似たような構造は社会の至るところに存在します。
例えば一昔前の中小企業の経営者です。
私がこれまでお会いしてきた多くの経営者の方々は、人生を楽しんでいるように見えました。
もちろん資金繰りや責任などの私の知らない苦労はあるのでしょう。
しかし、自分の会社を自分の意志で動かすことができる。
会社の中では、ある意味で「王様」です。
人間は自分の意志で世界に影響を与えられるとき、大きな充実感を得るものです。
その意味で、彼らにとってこの世界は決して悪い場所ではなかったでしょう。
反対に「地獄」にいる人たち
しかし同時に、この世界にはまったく逆の景色も存在します。
それが、いわゆる「弱者」と呼ばれる人たちの世界です。
これは決して他人事ではありません。
私自身、どちらかと言えばこちら側の人間だと感じています。

もちろん現代の日本に生まれたという意味では、私は恵まれています。
衣食住に困ることはありません。世界的に見れば、日本で弱者の私も「天国」側の人間なのかも知れません。
世界全体を見渡せば、生活そのものが成り立たない地域も存在します。
生きること自体が困難な場所もある。
そのような場所に生まれた人にとって、この世界はどう見えるのでしょうか。
おそらく、それは天国とは正反対の世界でしょう。
つまり、この世界は人によってまったく違う顔を見せるのです。
ある人にとっては天国であり、
ある人にとっては地獄である。
同じ地球に生きていても、見ている世界はまったく違います。
そして現代社会では、この差はさらに拡大しているように思えます。

インターネットやグローバル化が「天国」をより高く打ち上げ「地獄」の入り口を広げた
インターネットが登場したとき、私は「個人の時代が来る」と思っていました。
個人のクリエイターや小さな企業でも、世界に向けて価値を発信できる。
確かに、それは部分的には実現しました。
しかし同時に、もう一つの現実もあります。
グローバル化によって、GoogleやAmazonのような巨大企業が世界規模で市場を支配するようになりました。
いわゆるGAFAと呼ばれる企業です。
彼らは世界中の市場を同時に相手にします。
その結果、地域の小さな商店や中小企業は厳しい競争にさらされています。
かつて地元の商店街で成立していた商売が、大型ショッピングモールやオンライン市場によって消えていく。
そんな光景は、日本でも珍しくありません。

IT化による効率化でも弱者の労働環境は改善されず勝者総取りの世界へ
消費者にとっては便利な社会です。
しかし、その裏側では、多くの人が激しい競争の中に置かれています。
効率化が進み、テクノロジーは発達しました。
それでも人間の労働は軽くなったとは言い切れません。
むしろ、競争は世界規模になり、
勝者と敗者の差、つまり格差は以前よりも大きくなっているように見えます。まさにGAFAやイーロンマスクのような勝者総取りの世界です。
つまり、この世界は
勝者にとっては天国であり、
敗者にとっては地獄である。
しかも、それは死後ではありません。
すでに今、この瞬間にも存在している現実です。

残酷なこの世界の中で
天国と地獄は別々の場所にあるのではなく、
同じ社会の中に重なり合って存在しています。
私たちはその境界線のどこかに立ちながら生きています。
努力によって上に行く人もいる。
運や環境によって落ちていく人もいる。
この世界は残酷です。
しかし同時に、完全な地獄でもありません。
希望が生まれる余地も、まだ残されています。
インターネットやテクノロジーの進化によって個人の可能性も広がっていることも事実です。
だからこそ人は、この世界の中で少しでも良い場所を目指して生きていくのだと思います。
天国と地獄は遠い場所にあるのではない。
それはすでに、私たちの生きているこの世界の中に存在しているのです。
