噴水も故郷も、思い出とともに色褪せていく

※まず初めに警告ですが、今回の記事はかなりネガティブで暗い内容となります。読んでいくうちに気分を害されるかもしれません。そのような文章が苦手な方、気分を害されたくない場合は読まないことを推奨いたします。

しばらくこの記事を書くか、そして公開するか悩んでいました。
それでも、自分の気持ちを素直に文章に残しておきたかったので、今回記事にすることを決断しました。

思い出と共に失われていく故郷

最近、(最近といってもこの記事を書くかどうかで悩んでいたので、だいぶ期間が開きましたが)時間ができたので自分の生まれ故郷に行ってきたのですが、悲しい気持ちになった、というお話です。

初心に戻るため、一旦自分の気持ちをニュートラルにするため、大きな決断や人生の節目だと感じる時には度々自分の生まれ故郷に行っていたのですが、今回7年ぶりくらいに行ってその廃れ具合に悲しくなってしまいました。

今から10年くらい前までは、多少衰退してるけど、少子高齢化だから仕方ないよな、と割り切れるぐらいだったのですが、今回訪れてびっくりするぐらい変わっていました。ここ最近で一気に、という感じです。

噴水は、もう水を上げていなかった

一番悲しくなったのは、小さい頃よく遊んでた大きな公園にある大きな噴水が故障して「危ないので近寄らないでください」というロープが貼られていたことです。

10年くらい前に行った時はまだ動いたはず。大型の噴水なので、修理費が莫大なのかもしれない。

それこそ、少子高齢化で、人口減少が著しい田舎の街なので、財政が厳しいのは理解できる。
それでも、悲しいものは悲しい。ここの公園は思い出の場所だから。

私は記憶力が良くないのか、それとも幼い頃の発達がゆっくりだったのか、小学校に上がる前後の記憶がほとんどありません。

その頃の出来事で、はっきり覚えているものは本当にわずかです。
この噴水のことも、ずっと忘れていました。

それなのに今回、なぜかその場所だけが心に引っかかりました。
引き寄せられるように、ふと行ってみたくなったのです。

蘇る記憶

公園に着き、噴水の故障を知らせる張り紙を見た瞬間でした。
悲しい、と思うよりも先に、遠い日の光景が胸の奥から一気にせり上がってきました。

私は訳あって、家族との思い出がそれほど多くありません。
それでも、時々、何かの拍子に断片だけがふっと戻ってくることがあります。

私が生まれ故郷を訪ねるのは、大きな決断の前や、人生の節目だと感じる時ですが、たいてい、そういう時は人生がうまくいっている時ではありません。

今や未来へまっすぐ向かう力が足りなくなった時、私は感情だけを過去へ逃がそうとしていたのかもしれません。
故郷へ帰るというより、昔の自分の影を探しに行っていたのだと思います。

だから、この噴水の記憶も、もし私が何不自由なく充実した人生を歩んでいたなら、一生思い出すことのなかったものなのかもしれません。

これは、数少ない父方の祖父との思い出です。

私の記憶が正しければ、父方の祖父は大正生まれなので、私よりもひと足さきに、人の世の夕暮れをあとにしたのではないかと思いますが、せめてもの供養として思い出話を残したいと思います。

記憶の霞に浮かぶ 在りし日の祖父との思い出

多分、私が小学校に入る前のことだと思いますが、よく祖父に連れられて出かけていました。

祖父は車を持っていなかったので、出かける時は専らバスか自転車でした。

祖父は競輪が好きで、よく競輪場まで連れていってもらっていたのはぼんやりと記憶にあります。
大人の行く場所というイメージが強いかも知れませんが、当時の話ですが忍たま乱太郎のイベントを開催したりと、意外と子どもも楽しめる施設だったのを記憶しています。

その思い出話もどこかで記事にしたいなと思っています。

競輪場の他には、近くの商店街とかによく自転車の後ろに乗せてもらって連れていってもらいました。
もしかすると、私が旅が好きなのも祖父の影響もあるのかもしれません。

もう遥か遠い日の記憶なので、具体的にどこに連れていってもらったか場所までは覚えていないのですが、ぼんやりと自転車に乗っていた記憶はあります。そして、ソフトクリームとかたこ焼きとかを買ってくれたと思います。ここも記憶が曖昧ですが。

唯一、競輪場以外で覚えている場所があるとしたら、ここの噴水のある公園でした。休憩がてら、ここでお弁当を食べた…ような記憶もあるような気がします。

花壇には季節ごとに色とりどりの花が植えられ、春めいた陽気の日差しを受けて、淡い光の中でやわらかく揺れている。そばでは大きな噴水が、まるで互いに呼吸を交わすように、かわるがわる水を空へ放っていました。

光を砕く水のきらめきと、途切れず寄せてくる水音に、当時の私は惹きつけられていました。

そのような何気ない日常だったはずの一コマが突然、フラッシュバックのように蘇ってきたのです。

もちろん、記憶の中で美化されている可能性は大いにありますが、目の前の現実とのギャップが激しすぎて、その寒暖差で風邪を引いてしまったみたいです。

そういえば、最近噴水って見る機会が少なくなったよね

そういえば、昔よくいっていたデパートの中にあった噴水も止まっていたことを思い出しました。
そのデパートも、昔は個性的なお店が多くて好きだったのですが、今はスーパーはイオン、フードコートにはマクドナルド、ケンタッキー、空いたテナントにはダイソーが入って、確かに便利ではあるだろうけど、どこか寂しい自分もいます。

このデパートだけではありません。駅前のほぼ廃墟となっているでかい商業施設にも噴水があって、私の子供の頃はここがまだ現役だったので、その噴水がすごい爽やかだったのを記憶しています。

そこもよく小学生の頃、お出かけついでにゲーセンで遊んだ記憶があります。

しかし、過去に住んでいたというだけで、現在は住民税も納めていないので、あまり文句を言う権利はありません。

でも、今住んでいるところも、噴水ではないですが、歩道にある花壇がコンリートで埋められていたり、街路樹を撤去したりということを目にする機会が増えました。

どこも田舎は財政が厳しいのでしょう。
仕方ないことと思いつつも、何かモヤモヤする気持ちがあります。

「貧乏」と「貧困」は違うって話

最近、岡田斗司夫さんという、評論家・実業家のYouTubeチャンネルをよく見るのですが、そこで「貧乏と貧困は違う」と言うお話をされていました。

私がまとめるよりも、AIにまとめてもらった方がわかりやすいと思うので、うちのチャッピー(ChatGPT)にまとめてもらったものがこちらです。

「貧乏」とは何か

岡田さんの整理では、貧乏はまず客観的な状態です。

お金が少ない。
持ち物が少ない。
選べるものが少ない。
贅沢ができない。

けれど、それだけではまだ「不幸」とは決まらない。貧乏な環境にいることで、むしろ工夫する力、考える力、限られた条件の中で楽しむ力が育つこともある、という見方です。

「貧困」とは何か

一方で、貧困は単にお金がないことではなく、その状態が心の中で地獄になることに近いです。

たとえば、

お金がないことで、未来を考えられなくなる。
自分には価値がないと思ってしまう。
人と比べて惨めになる。
選択肢がないと感じる。
楽しむ余裕が消える。
美しいものを美しいと思えなくなる。

このように、物質的な不足が、心の余白や自己肯定感まで削ってしまうとき、それは「貧乏」ではなく「貧困」になる。

つまり、
貧乏は、金銭や物質が不足している状態。
貧困は、その不足によって、希望・選択肢・自尊心・楽しむ力まで失われてしまう状態のことです。

「暮らし」がある貧乏と、「余白」のない貧困

岡田斗司夫さんは、わかりやすいように実際の歴史に照らし合わせて説明してくれています。

日本の江戸時代の人々は「貧乏」、アメリカの鉱山町キャリコは「貧困」だと主張しています。

江戸の人々は、たしかに貧乏だったのかもしれない。
けれど、そこには暮らしがありました。
季節ごとの行事があり、祭りがあり、隣人との距離があり、貧しいなりに笑ったり、見栄を張ったり、工夫したりする余地があったと。

一方で、アメリカの鉱山町キャリコのような場所には、別の種類の貧しさがあったと説明しています。
鉱山で働くために集められた人々が、わずか二畳ほどの狭い部屋に押し込められ、朝から晩まで働き、鉱山が尽きれば町ごと捨てられていく。
そこには、暮らしというより、労働力として消費される人間の姿がある、と。

生活の中に「遊び」があれば貧乏でも豊かである

どちらも、お金という尺度で見れば貧しい。
私的には、貧乏と貧困は生活の中に「遊び」があるかどうかの違いなのかなと思います。

江戸時代には、浮世絵が包み紙として利用されていたようですし、現代日本と比べればお金という尺度では貧しいですが、そういった精神的な豊かさがありました。これが貧乏だけど豊かという状態なのかなと。

今の現代日本はどうでしょうか。浮世絵を包み紙として利用してくれるところはあるでしょうか。
私的には「豊かだけど貧困」のような状態のような気がします。

「花を買う余裕はお金の余裕じゃなくて心の余裕」という名言が好きだ

おそらく美輪明宏さんがいった言葉だと思いますが、「花を買う余裕は、お金の余裕じゃなくて心の余裕だ」というのはまさに、この貧乏と貧困の違いを説明してくれている言葉なのかなと思います。

お金がないからと、本当に自分の好きなものまで我慢して節約すると貧困に陥ってしまいます。

一方で、食べるのにもやっと、という絶対的な貧困も存在します。日本では基本的人権が憲法で定められていますが、それはただ単に衣食住が整っている、ということだけではなく、文化的な生活を営めるくらいに保証して欲しいものです。国自体が衰退しているので、難しいことは承知ですが。

街から失われていく「遊び」

とはいえ、今の日本は、いくら衰退しているとはいえ物質的にはまだ豊かな国なのかもしれません。
コンビニはあり、チェーン店はあり、安くて便利なものはいくらでもあります。

けれど、その便利さの一方で、町からは少しずつ「遊び」が失われているように感じます。
なくても困らないもの。
けれど、あることで心が少し潤うもの。
そういうものから順番に削られていく。

噴水も、花壇も、街路樹も、あったらなんかいいなぁだけでは維持できません。
それは分かっています。
分かっているからこそ、なおさら悲しいのです。

私は、町が貧乏になることよりも、町が貧困になっていくことのほうが怖い。
お金がないことよりも、美しいものを美しいと思う余白が失われていくことのほうが怖い。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず

有名な鴨長明『方丈記』の冒頭にこうあります。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」

「流れていく川の水は絶えることがない。けれど、そこを流れている水は、もう先ほどと同じ水ではない」という意味です。

すべては移ろいます。

故郷が変わり、噴水が消えていくことも、その大きな流れの一部なのかもしれない。

しかし、無常を受け入れることと、心まで貧しくすることは違うと私は思います。

江戸の人々はむしろ無常を知っていたからこそ、桜を愛で、月を眺め、噴水のような「無駄」なものに美を見出したのではないでしょうか。移ろうからこそ、今この瞬間の美しさに価値があると知っていたのです。

私の故郷の噴水は、もう水を出さない。思い出の中の鮮やかな水しぶきは、セピアに色褪せていく。
でも、いつかはまた噴水を楽しめるような心の豊かさを、誰もが意識せずに感じられる町へいつか戻ってほしい。

ゆく河の流れは絶えない。だが、流れることをやめた水は、ただの澱みになる。

心の流れもまた、同じではないでしょうか。

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