遊戯王から人生を考えてみた。
今の環境ではそれほどでもないかも知れないが、今から10年〜20年ほど前の環境であれば「神の宣告」は間違いなく強力なカードであった。その強力さゆえ長い間、デッキに1枚しか入れることのできない「制限カード」だった。
ほぼなんでも「無効」にできる強力カードである。
しかし、その分支払うコストも大きい。
ライフポイントを半分支払わなければならない。
しかもライフポイントを消費していない序盤ほど支払うコストが多く、削られている終盤の方が支払うコストが低い。(例えば8000ポイントの場合はその半分の4000ポイント支払わなければならないが、500ポイントしか残っていない場合は250ポイントで済む)
でも、私は30代でこの切り札を使うことにした。

「切り札」は使う場面、タイミングが最も重要
もちろん、闇雲に神の宣告を使っても、ライフを半分消費して終わるだけだ。
相手の切り札を無効にしたり、攻撃の起点となるカードなどに効果的に使用しなければならない。
このカードの使い方ひとつで自分が有利にも、相手が有利にもなる。
それだけ使う方にも使われる方にもリスクのあるカードである。
日本の男性の平均寿命が約80歳なので、現在30歳の私は 8分の3 が終わったところであろう。
遊戯王のライフポイントで言えば、8000ポイントでデュエルが始まるので、その8分の3、つまり3000ポイントを消費し、残り5000ポイントを切ったあたり、というところであろう。
普通の人は高校進学や大学進学、はたまた新卒で入社するタイミングが、大きく人生が動くところであろう。
15歳、18歳、22歳である。
ライフポイントで例えるなら、それぞれ 6500ポイント、6200ポイント、5800ポイントである。
みんな結構早く勝負を仕掛けているなという印象。
でも、それは間違いではないと思う。むしろそれが正解。
努力も経験もお金も人脈も「複利」が効くからである。
つまり、始めるのが早ければ早いほど、雪だるまを転がして大きくできる。
初めは小さな差であるが、雪だるまが大きくなればなるほど、吸収する雪の量が多くなり、さらに雪だるまが大きくなる速度が加速する。
つまり、私は出遅れているのである。
でも、「神の宣告」はそんな戦況を一枚で打破できる力を持つカードである。
話は逸れるが、私は小さい頃から絵を描いてきた。それこそ、絵に対する経験や知識は複利の効果が働いていると思う。しかし、ここにきてAIが登場し、絵を描いたことのない人でも作品を作れるようになった。
まさにゲームチェンジを起こすような「切り札」である。

不利な戦況を打破するためにはリスクを冒して「切り札」を使うしかない
この選択が正しいかどうかは分からない。でも、正しいと思って使っている。
ただ、一つだけ言えるのは、その「切り札」を早めに使えるようになった、ということである。
今までの私であればもっと後にこの「切り札」を残すであろう。そして、結局つかわずにデュエルを終えるであろう。
しかし、いろいろなことを経験して、勉強して、「積極性」が大事だと学んだ。
もちろん、早めに「切り札」を失う恐怖もある。あまり効果がなく、ただ単にライフポイントを消費するだけで終わるリスクもある。
ただ言えることは、成功者は運の要素ももちろんあるが、例外なくリスクを冒してそれぞれの「切り札」を使っている、ということである。
つまり、リスクを冒さなければ成功もない。自分の夢も叶えられないのである。
幸い、リスクを取る練習はデュエルでできている(つもり)である。
この選択が正しいかどうかは分からない。神のみぞ知る、である。

大きなリスクは取ったが、結構楽観的である理由
しかし、時代には恵まれたなとは思う。
今の日本では、失敗しても死にはしないと思う。最悪なんでもやる覚悟があれば食いっぱぐれはないだろう。その割には成功につながる種がそこら中に転がっている、と思っている。
時代の流れが早い分、良くも悪くもゲームチェンジはよく起こる。
一昔前は、終身雇用が当たり前で、一つの企業に長く勤めること、そしてその会社で出世を目指すことがモデルケースであったが、現在では転職や副業が当たり前となった。
日本の株価はバブル崩壊後、30年ほど低迷したが、現在は日経平均株価が過去の最高値から2倍近い。
今や生活インフラといっても差し支えないGoogleだが、創業は1998年でまだ30年も経っていない。
いかにこの30年の変化が凄まじいかである。そして、AIの台頭により、この流れはますます加速すると思われている。

何が成功で、何が失敗かが難しい時代である。成功だと思われていたものが失敗に変わったり、反対もそのしかりである。
つまり、「神の宣告」を有効に使うのが難しい時代ではある。しかし、その代わり、変化が激しい時代の分、失敗してもゲームチェンジが起きてなんとかなりそうな空気感はある。そこはトレードオフである。
もし江戸時代に生まれていたら、もう少しゆっくりと暮らせたのだろうか。いや、農民に生まれるとおそらく地獄であろう。そう思うと、トータルで考えると社会は良くなっているのであろう。
グダグダと書いてしまったが、つまりはリスクを取って挑戦していく、行動していく、ということに勝機があるのでは?ということを考えているのである。
あなたがおばあさんの立場なら、川から流れてきた大きな桃を拾えるか?
ホリエモンが言っていていたことだと思うが、「桃太郎理論」なるものがあって、つまりは川からどんぶらこと流れてきたバカデカく、怪しい「桃」をリスクを取って拾え、という理論なのだが、なるほどなと思った。
あそこで洗濯しに出かけたおばあさんが大きな桃を拾わなければ桃太郎の物語は始まらないわけで、しかも、そんなバカでかい桃はかなり怪しい。それを恐れずに拾ったから、桃太郎というサクセスストーリーが始まったわけである。
しかし、やはりリスクもある。
中に入っていたのが桃太郎ではなく、変な魔物だったりして命を狙われていた可能性もある。
今風にいうと、チャンスと思って飛び込んだ求人が実は「闇バイト」だったりするわけである。
リスクを取って行動したとしても、その「桃」が怪しいかどうかきちんと見分けることのできる嗅覚の獲得も必要だ。
ではその嗅覚をどうやって鍛えるのかというと、実際に失敗しながら覚えるしかないわけで…。
う〜ん、難しい…。
死なない程度に失敗していって学習する、というのが最適解なのかも知れない。
あとは情報収集であろう。
しかし、見方を変えれば情報を取得しすぎるとリスクのことばかり考えてしまい、行動に移せなくなってしまう。
実際、過去の私がそうだった。
そして、どうしようか悩んでいるうちに桃は流れていってしまうだろう。
だから、本人の実力、努力はもちろんのこと、成功にはある程度の「運」要素も必要なのだろう。
リスクを取って「神の宣告」は打つことができたつもりである。
あとは、デッキからチャンスという「桃」を引き当てることができるかどうか。
そこに私の将来が掛かっているように思う。
