先ほどは青森県立美術館に行ってきました。
https://setsuyaku-kakumei.com/aomori-museum-of-art-1
青森県立美術館とは近いので、歩いて三内丸山遺跡に向かいます。
三内丸山遺跡は子供の頃から大好きでよく行っていました。
小さい頃にNHKで昔の地球的な番組(アンモナイトとかアノマロカリスなどの紹介をしてた番組でした)を見て、宇宙とかに憧れる感じで、はるか昔のことに興味が薄々ありました。
ピラミッドなどのエジプト遺跡についても次第に興味を持つようになり、遊戯王を始める間接的なきっかけになったのではないかなと振り返ってみて思います。
ここで軽く三内丸山遺跡について、どのような場所なのか振り返ってみましょう。


三内丸山遺跡とは?
三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)は、青森市にある、約5,900〜4,200年前の縄文時代の大きな「村の跡」です。
遺跡のシンボルは、6本の巨大な木の柱が目を引く、復元された建物。当時の人々の暮らしや建築技術に思いを巡らせることができます。
2021年には「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一つとして、世界文化遺産に登録されました。

新しい県営野球場を建設予定だったが、縄文時代の遺跡が大量に出てきて急遽中止に
実はここに新しい県営野球場を建設だったみたいですが、その事前調査のため、地面を掘ってみるとあれよあれよと遺跡が出てきて急遽、野球場を建設する予定は中止になった、という話は有名ですが、実はここに遺跡があることは江戸時代から知られていたことでした。
そのことの詳細は、三内丸山遺跡にいくと詳しく展示されていますし(写真も撮ってきましたが掲載許可を取っていないので今回は割愛します)、青森県庁のHPにも記載されています。https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-bunka/kinen_tokusi_01.html
ここで「遺跡があるとわかっていたのに、野球場を建てようとしたの?」と疑問が湧いてきますが、存在を知っていることと、その規模や価値まで把握していることは別なんですね。
でも、これが自分の話だったらどうでしょうか。
仕事を頑張って土地を買って、いよいよ念願のマイホームを建てることに。そこで、工事中に遺跡が出てきたら?
「歴史的な大発見かもしれない!」と思う一方で、「家は予定どおり建つの?」「費用はどうなるの?」と、喜ぶより先に心配になってしまう気がします。
とはいえ、見なかったことにしてよいわけではありません。
いいか悪いかは別として実際、古都である奈良県や京都府などで建築する際にはよくあることのようで、遺跡が出てきてしまうと一度調査をしないといけないため、みなかったことにするとかしないとか…。
しかし、これは半分正解で半分間違いですね。
最悪犯罪になってしまう可能性があり、気になったので調べてみました。

もし家を建てようとしたところから遺跡が発掘されたらどうなるの?
三内丸山遺跡みたいな、昔から遺跡があると知られている土地は「周知の埋蔵文化財包蔵地」と呼ばれ、一般の住宅建築などで、この範囲の地面を掘る工事をする場合には、原則として着手の60日前までに届出が必要です。なお、国や自治体などの事業には、別の事前通知・協議の手続きがあります。
※「文化財保護法」の第93条第1項:https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0100000214/
その後、工事の内容や遺跡への影響に応じて、試掘や発掘調査などの対応が決まります。遺跡があるからといって、必ず建設中止になるわけではありません。現地での保存が難しい場合には、発掘調査で記録を残したうえで工事を進めることもあります。
また、包蔵地の外で新たに遺跡が見つかった場合も、届出等は必要です。事前の試掘で何も出なかった場合も、「本工事で見つかったものは知らせなくてよい」ということにはなりません。
※「文化財保護法」の第96条第1項:https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0100000214/
さらに、この「発見時の届出」をしなかったり、虚偽の届出をしたりした場合には、5万円以下の過料の規定があります。過料は刑罰である罰金とは異なりますが、法律上の制裁です。
※「文化財保護法」の第203条第2号(5万円以下の過料):https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0100000214/
とはいえ、罰則もそこまで厳しいわけではありませんし、制度があることと現場で必ず守られていることも、また別の話。
遺跡と思ってもどこまでが遺跡かわからないですよね。単にコップの破片だったり、お茶碗の破片だったりする場合もあったりするわけです。
ネット上には、工期や費用の問題から、見つかった遺跡を黙って埋めたという体験談もあります。ただし、匿名の投稿なので、どこまで事実なのか、信じるも信じぬもあなた次第…。
もしくは、今ほどリテラシーの高くなかった高度経済成長期であれば、現場のスピード感を優先しそういった事例も過去にあったのかもしれません。

地中から現れた巨大な柱! 14.7メートルの巨大やぐらが三内丸山遺跡の運命を変えた!
話を戻しまして、野球場建設に向けて発掘調査が進められました。ところが、掘り進めるほどに土器が出るわけです。次から次へと。
そして、あの柱です。
地面にぽっかりと空いた、直径約2メートル、深さ約2メートルの穴。その中に、直径約1メートルものクリの木柱の一部が残っていました。数千年ものあいだ、土の中で眠ったままの姿で。
「とんでもないものが出た」――現場の息をのむ声が聞こえてくるようです。
この巨大な柱の発見は、地中に眠っていた集落のスケールを物語るものでした。ほかにも数々の発見が重なり、1994年、青森県は野球場の建設計画を取りやめ、遺跡の保存を決めました。
野球場になるはずだった場所が、縄文時代の暮らしを伝える場所へ。
地中に残っていた巨大な柱は、遠い昔の建物を支えるだけでなく、数千年後、この場所の未来まで支えることになったのかもしれません。
その柱の跡をもとに復元されたのが、今や三内丸山遺跡のシンボルとなっている、あのやぐらのような建物です。

なぜ数千年もの間、大型掘立柱建物の木柱は腐らずに済んだのか?
ちなみに、なぜ数千年もの間(一説によると約4,500年前)、木柱はその姿を残せたのでしょうか?
公式見解では、地下水が豊富なことと木柱の周囲と底を焦がしていたため、とありますが、素人の私が考えると、「水分がある方が腐りやすいのでは?」と思うのですが、どうなのでしょう?
少し調べてみました。
その理由は、いくつかの条件が重なったことにあります。まず、使われていたのが、もともと腐りにくいクリの木だったこと。さらに、柱の周囲や底を焦がしていたこと。(木を焦がすことにより、防腐・防虫効果があります)
そして、気になる地下水が豊富だったことが腐らずに残った理由なのはなぜなのかですが、水をたっぷり含んだ土に包まれると、酸素が届きにくくなり、まるで地中で真空パックされていたような状態になるからとのこと。
もちろん、本当に真空だったわけではありません。ただ、木を腐らせる主な菌には、水分だけでなく酸素も必要です。その酸素が乏しかったため、分解が進みにくかったわけです。
木の性質と、柱に施された加工、そして地中の環境。こうした条件が重なって、巨大な柱の一部が、数千年の時を越えて私たちの前に姿を現したのです。

三内丸山遺跡に行ってみての感想
三内丸山遺跡には何度か行っているのですが、それは小学生の時だったので、実に25年以上前のこと…。
外の展示、大型掘立柱建物跡や復元された大型住居、そして栗の木の支柱が実際にあった建物跡などはそんなに当時から変わってないなーっていう印象でしたが、中の展示は大幅に変わっていました!
昔はすごい学術的な展示が多く、小学生の私が眺めてもチンプンカンプンでつまらないなぁと思ったのを記憶しているのですが、今はものすごい豪華になりました。
楽しく学習できる、展示物を楽しんで見学できる仕掛けがテーマパークのように散りばめられていてずっと眺めていられます。



展示も綺麗です。遺跡が貼り付けられた壁もあります。これだけでどれほどの遺跡が出土しているのかもわかります。

そして、現在も発掘調査が進められており、もちろんその出土品についても調査、修復、保管がされています。
その作業の様子は実際にガラス越しにみることができます。


ぜひ考古学や歴史に興味がある人は三内丸山遺跡に行ってみてください!
多分1日眺めていても飽きません!何度も足を運びたくなるところだと思います。
三内丸山遺跡内のレストラン 五千年の星 でお昼を食べる
実は見学前にお腹が空いていたので三内丸山遺跡の施設内でご飯を食べました。
ちなみに、レストランと遺跡展示の施設は別れているので、入場料は無料で利用できます。もちろんレストランのみの利用もできます。
メニューは少なめ。



発掘プレートというのが気になったので、少し高いですがこれにしました!
ご飯の中からハマグリの貝殻が発掘できたら大当たりでデザートがもらえるみたいなのですが、残念ながらハズレでした…。
青森県の特産品であるりんごを使用したリンゴジュースもつけて、今回のお昼は超豪華でした。

ということで、今回の三内丸山遺跡探索が終わりを迎えました。
また行きたいです!